崖っぷち日本のユートピア社会学by大山昇悟

崖っぷちに立っている日本をどうしたらユートピア(理想郷)にできるか日々考え答えを探していくブログです

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投資家・不動産系YouTuberタイマンさんを紹介します

「効果的な休養研究所」気分転換編

 

最近テレビを見ない人が増えているらしいですが、自分もここ数年ほとんどテレビを見なくなりました。

 

最近見たテレビで記憶にあるものとしては、「東京マラソン中継」、「名古屋ウィメンズマラソン中継」。

 

その前はおそらくボクシングの井上尚弥選手の試合中継。

 

あとは、何かしら世間で大事件とか災害など、映像を直接見た方がわかりやすい分野などは見たりします。

 

なので、おそらく1年間のテレビ視聴時間はトータルで5〜10時間くらいだと思います。

 

とにかく、テレビがつまらなくなったので見る時間が減り、代わりに映画やゲーム、YouTubなどにとって変わったような気がします。

 

特にYouTubeは猫動画などを見て癒されています。(自宅では猫を飼える環境にない為、ありがたいです)

 

その他、様々なYouTubeのチャンネル登録をしていますが、その中でも最も視聴している面白いチャンネルが、

投資家・不動産系YouTuberのタイマンさんなのです。

 

タイマンさんは、岡山県在住で古い中古物件を格安で購入しては、リフォームし賃貸で貸し出して、利益を上げています。(法人化はされてるようです)

 

下の画像は動画の最後に出るタイマンさんの実績&プロフィールです。

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5年くらい前から、タイマンさんが自分で購入した中古物件を動画で撮影し、リフォーム後の様子も撮影し、YouTubeにアップしていたようです。

 

チャンネルの正式名称は、Taiman TVです。

 

タイマンさんの動画のどの辺が面白いかというと、築40年前後くらいの中古の物件を購入した後に、家の中の様子を動画撮影しながら、案内する反応がなんとも言えずいい味を出しているのです。

 

詳しくは動画を観てほしいのですが、結構2桁万円くらいの古い物件を、内覧もせずに購入することもあるようなのです。

 

それで、購入した古い物件を見に行ってみた時のタイマンさんの反応が「ちょ、待ってー?」「何これ〜?」「この部屋やばくない?」的な感じの素人っぽい素の反応がいい味出しているのです。

 

あと、リフォーム後の動画では、かかった材料費などの金額も開示してくれるので、結構勉強になるのです。

 

 

 

1円で売ってる平屋を見に行ったら衝撃的すぎた(1cent house)

 

 


40万円で買った超キレイな家が怪しすぎた

 

Taiman TVチャンネルの魅力は、

「古い家を覗き見る面白さ」「リフォーム後の綺麗な家を見る楽しみ」「タイマンさんの話術?」で構成されているような気がします。

 

まったりと気分転換にぴったりの面白い動画だと思うので、オススメします!

 

気分転換点90点

 

オマケ…↓下の画像は会社の休憩室に貼ってある、インフルエンザ予防のポスターですが、右下のイラストがタイマンさんにそっくり(髪型、ポロシャツ、マスク)なので思わず撮ってしまいました。

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*ご本人から削除要請があったら、速やかに削除したいと思います。

 

 

 

 

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不思議な話・エピソード0〜後編

後編は19世紀のイギリスの生物学者、探検家であるアルフレッド・ウォーレスの著作「心霊と進化と」を紹介したいと思います。

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まずアルフレッド・ウォーレス自身のことについて述べてみたいと思います。

 

ルフレッド・ウォーレスについては、ダーウィンに消された男」や、ダーウィニズムという本を読むと詳しく載っていると思いますが、自分は未読な為ざっくりとウォーレス について述べるとすると…

 

ウォーレスはアマゾン川とマレー諸島を実地調査した結果、自然選択説(自然淘汰説、進化論)に至り、当時文通相手であったダーウィンに手紙で自身の考えを伝えたところ、ダーウィンも同じようなことを考えていました。

 

自然選択説は、当初ウォーレスとダーウィンの共同発見ということになっていましたが、その後紆余曲折あり、ダーウィンの名前だけが後世に残り、ウォーレスの名前は忘れられてしまいました。

 

ウォーレスはその後心霊主義に傾斜していき、自然選択説心霊主義をプラスした独自の考えを持つに至りました。

 

ウォーレスが心霊主義に傾斜していったきっかけを「心霊と進化と」の中から抜粋します。

「知人宅で起きた原因不明の小さな心霊現象がきっかけとなって生来の真理探究心が頭をもたげ、どうしても研究してみずにはいられなくなった。

 

そして、研究すればするほど現象の実在を確信すると同時に、その現象の種類も多岐にわたることもわかり、その示唆するところが近代科学の教えることや近代哲学が思索しているものからますます遠ざかっていくことを知ったのである」

 

ウォーレスはスピリチュアリズムに傾倒することによって、自らが提唱した自然選択説で築いた博物学での名声を失うことを承知の上で、研究を重ねたのでした。

 

「心霊と進化と」の著書は、その研究に対しての見解を述べた論文集です。

以下、いくつか内容を抜粋して紹介します。

 

☆フォックス家のその後と、心霊実験会の広がり

このブログの前編でも取り上げたフォックス家のその後についてですが、フォックス姉妹はその後ロチェスター市に引っ越します。

 

ところが姉妹は、(ラップ音などの霊現象について)詐欺の疑いで市当局が組織した調査委員会による尋問を受けることになりました。

 

フォックス姉妹は複数の女性によって身体検査され、枕の上に素足で立たされ、関節部分はすべて衣服の上から紐で縛られたにもかかわらず、壁と床から叩音(ラップ音)が聞かれました。

 

調査委員会は報告書で以下のように結論しています。

「調査委員会が叩音を聞いたが、その出所はついに突き止めることができなかった。現象に際して器具も詐術も使用されていないことが証明された」

 

その後、フォックス姉妹の実験会をきっかけに、姉妹以外にも心霊能力を持っている人がいることがわかり、1〜2年後には全米に心霊実験会が広がったのでした。

 

中には社会的地位が高く、心霊現象に懐疑的な人ばかりを集めたグループが20回に渡り実験を繰り返したところ、最後の2回で目を見晴らせるような心霊現象が起こり、その後4年間実験は継続され、全メンバーがスピリチュアリストになったとのことです。

 

☆エクトプラズム-霊の物質化現象

 

ドイルと同じく、ウォーレスもエクトプラズムについて報告しています。

 

ケートという女性の霊媒が、ニューヨークの銀行家リバモア氏と実験した様子を抜粋します。

「様々な現象の中心となったのはリバモア氏の亡き妻の(エクトプラズムによる)物質化現象で、肉眼に映じるだけでなく手で触ってみることもでき、喋る声もはっきり聞こえたという。

容姿は実に明瞭で、生前の容姿と寸分変わらなかったそうである。よく部屋中を歩きわまわって、置いてある家具類をその手で動かし、カードに通信文を書き記したりしている。

 

現れ方はいろいろであったが、光輝性の雲のような塊がまず現れて、それが次第に人間の容姿に変わってゆき、用事が終わると見ている目の前で一瞬のうちに消え失せたことが何度かあったという。

 

当の霊の許しを得てドレスの一部を切り取らせてもらったが、手に取って見るとガーゼのようで、いかにも普通の布で出来ているように見えても、やがて消えて無くなったという。花も物質化されたが、これもすぐに消えてしまった」

 

ドイルが報告したエクトプラズム現象と共通するところは、物質化した霊が動いたり、話したりでき、かつ霊に触ることができるということです。

 

霊媒による霊言現象

霊媒(霊能者)に霊が乗り移り、霊媒の口を通して語る現象を霊言といいます。

 

ウォーレスが報告している霊言現象で興味深い例をいくつか紹介します。

 

エドマンズ判事の娘のローラが霊言現象の霊能者で、自国語の英語の他に数カ国語を自由に喋ったということです。

 

以下、エドマンズ判事の証言

「娘はふだんは母国語以外は何も喋れず、せいぜい学校で習う片言のフランス語くらいのものであるが、いったん入神すると(高級霊霊媒の身体に入ること)9ヶ国語ないし10ヶ国語を立て続けに一時間も楽々と喋りまくることがある。

外国人が娘のローラを通じて、外国語で霊界の友人と会話を交えることは決して珍しくはない」

 

ウォーレスの霊言現象についての見解で注目すべきは、霊媒に粗暴な霊がかかる憑依現象と、高級な霊がかかる入神現象を分けていることです。

 

粗暴な霊がかかる憑依現象では、(具体例は述べられてませんが)粗暴な霊が大変なことをしかねない、とウォーレスは述べています。

 

反対に高級霊がかかる入神現象では、憑依現象とは真逆の現象が見られるということです。

例えば、無学なバーテンが入神状態になると、幾人かの哲学者と「理性と予知能力」「意志と運命」といった高等な問題を議論し合ったり、心理学上の難解な質問に対して、英知に溢れた回答をしたりといった現象が見られたとのことです。

 

また、アルファベットのボードなどを使用した霊界通信においても、粗暴な低級霊だけでなく、高級霊が通信を送ってくる場合もあるようです。以下、ウォーレスの見解です。

(高級霊が)人間の死後の生活について述べているが、私が判断する限りでは、全体としてみた場合、いかなる宗教や哲学の教義よりもはるかに崇高にして合理的かつ一貫性のある霊の世界の叙述となっている。しかも道徳性への志向を助長する点においても間違いなく優れている」

 

そして、これは自分の見解ですが、高級霊が霊能者の身体を借りて、崇高な言葉を語る霊言現象などは、聖書のヨハネ福音書におけるキリストの言葉にも当てはまるのではないかと思われます。

 

「わたしがあなたがたに言う言葉は、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです」(ヨハネ福音書より、イエスキリストの言葉)

以上の記述は、霊言現象なのではないかと推定できるのではないでしょうか。(クリスチャンからすると異論があるかもしれませんが)

 

☆19世紀中頃から20世紀初頭において広まったスピリチュアリズムの意味

 

1848年のハイズビルのフォックス家の事件をきっかけに様々な心霊現象の解明、心霊実験会が開催されていきます。それにちなんで1848年は、近代スピリチュアリズム元年と称されることになります。

 

実は1848年という年は、マルクスの「共産党宣言が刊行された年でもあります。さらにその10年後にはダーウィンの「種の起源が刊行されました。

それに伴って唯物論の台頭、キリスト教の権威の失墜、科学の専門分化と盲目的な信頼感の醸成がありました。

 

つまり、近代科学合理主義の時代が本格化するころ、それに歩調を合わせるかのようにして、スピリチュアリズムは急速に発展していったのです。

 

自分の見解ではありますが、神は霊的なことを抜きにした科学のみの発展は、唯物論を助長するだけであるとして、スピリチュアリズムを広めていったのではないかと思われるのです。

 

ところがここで陥りやすい考えは、霊的なものだけを肯定し、科学的かつ合理的な考えを否定することです。

 

実は地上における科学的な発展も神の意図するところなのです。

科学的な分野の発展も神は願っておられ、その証拠に世界の発展に貢献したニュートンエジソンアインシュタインなどは神への信仰心を持っています。

 

だいたい平均的な人はどちらかに偏りやすいのです。神秘思想と合理主義が融合しているのがこの世界の真実なのですが、片方が強くなるともう片方を否定するという流れになりやすいのです。そしてその極端な流れは大抵は神の意図ではなく、地上の人間の自由意志によるものなのです。

 

最後に、神秘思想と合理主義を融合した思想家であるゴータマ・シッダールタ(仏陀釈尊)の教えを紹介します。

 

仏陀空諦(くうたい)、仮諦(けたい)、中諦(ちゅうたい)、三諦円融を説きました。

空諦とは、この世は全てのものに神の性質が宿り、あの世とも相互に関連しあっているというものです。

 

仮諦とは、この世は物質界である為に、原因と結果の法則が合理的に働くというものです。

 

中諦、三諦円融とは、地上世界は空諦と仮諦が動かせない普遍の真理である為、その二つを偏らずに上手に融合していく生き方をし、またそのような世界を作っていきましょう、という教えです。

 

つまるところ、私の考える来るべき未来のユートピア社会の条件とは、釈尊と同じく神秘思想と合理主義を融合した社会であるというのが結論です。

 

今後は不定期に不思議な話しを記事にしていきたいと思います。

 

追記:心霊実験を数え切れないほど調べ、見聞したアルフレッド・ウォーレスの言葉「事実とは頑固なものである。どうしようもないものである」

 

 

 

 

 

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香川県のゲーム規制条例から日本の未来を垣間見る

何かと話題になっていた香川県のゲーム規制条例が18日に可決されました。

 

それについての見解を述べたいと思います。

 

まず、問題になっていた条例の中身ですが、正式名称は、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」といいます。条例の素案は一通り目を通して見たのですが、字数が多い為ざっくりと条例が出された背景を要約すると…

 

「ネットやゲームの過剰な利用が、子供の学力や体力を低下させ、かつ引きこもりや睡眠障害、視力障害まで引き起こしている。なので、香川県の子供達や県民をネット・ゲーム依存症から守るための対策を総合的に推進するため、この条例を制定する」

 

続いて、具体的な対策としては条例の18条に記載されています。

「保護者はこどものネット・ゲーム利用に関しては1日60分まで。(休日は90分)

スマホの使用に関しては、義務教育の子供は夜9時まで。高校生以上の子どもは夜10までに使用をやめることを基準とする。保護者はこのルールを子供達に遵守するよう努めなければならない。」

 

大体こういうことが記載されていました。

 

ゲームに関しては自分も好きですが、どちらかというとスマホゲームではなく、PS4が中心です。スマホを初めて購入したばかりの時には、手元ですぐにプレイできるということもあり、1日に10〜20分くらいはやっていましたが、現在は一切やっていません。

 

やはりスマホだと「すぐにゲームがプレイできる」というハードルの低さから、ついついやってしまう面がよくないと思います。

そして子供達がそういうのに惹かれるのも気持ちはわかるのです。

 

やはり子供の時は感性が大人よりありますし、自分を楽しませてくれる機械には際限なく夢中になる可能性が高いでしょう。

 

ですので周りの大人がゲームを全否定するのではなく、どのように子供達を善導するかがポイントになると思います。

 

とはいえ、その善導の方法として、家庭内の教育の範疇に入ることを条例で義務付けてもいいのかということが議論の中心になっているかと思います。

 

学校内のことなら校則などで規制しても問題ないでしょう。しかし条例の18条にあるように、子供が家庭にいる間のことまで、行政が口を出していいものなのでしょうか?

 

ここで、教育基本法を見てみたいと思います。

教育基本法第10条には、父母は子の教育に第一義的な責任を負うとあります。そして10条の2においては、地方公共団体は家庭教育の自主性を尊重とあります。

 

つまり親は自分のこどもを、その家庭の方針に則って自由に教育することができ、地方公共団体はその家庭教育の自主性を尊重しなければならないということです。

 

つまり親は自分の子どもがゲームを1日中やっていようが、トランプや百人一首を1日中やっていようが、地方公共団体に人の家庭の事に口出しされるいわれはないということです。

 

なので、本来このような条例が案として出された時点で香川県の親御さん達は怒るべきなのです。

 

であるにも関わらず、3月13日の調査では香川県民の84%が条例に賛成みたいなのです。(真偽は定かではありませんが、パブリックコメントへの賛成意見への名義貸しが一部で行われていたという情報もありますが、貸すのをお願いする方も、貸してしまうのも言語道断です)

 

香川県民の親御さん達は、自分の子ども達がゲームをしすぎて、勉強が疎かになっていると感じたら自分達で子どもに注意しないのでしょうか?

 

これは結局のところ、家庭教育でも、学校教育でも社会全体でも、子どもの教育に成功してないということだと思うのです。

 

教育基本法の前文には以下のように書いてあります。

「我々日本国民は、①たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、②世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。」

 

続いて教育の目標です。

(教育の目標)

「第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 ①幅広い知識と教養を身に付け、②真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。」

 

条文はまだまだ続くのですが、さわりだけでも立派な文章ですし、良いことが書いてあると思います。この通りに教育が実践されれば、さぞかし良い人間が大量に育成されることと思いますが、子ども達はゲームに夢中になり、大人達もそれを止められないでいます。

 

なぜ大人達は自分の子供に、ゲームで遊びたい気持ちを抑えさせることができないのでしょうか?自分を律する自制心を持たせることができないのでしょうか?

 

そもそも1日のゲーム時間を60分と決めようとするからには、60分を超えてまでゲームで遊び、そのことが学業に影響を及ぼしている子供が多いとみてのことだと思われます。

 

そうであれば、やはり自制心の欠如について論じなければならないと思います。

 

人はなぜ自制心で自らを律するのでしょうか?

 

それはやはり目標や理想を実現しようと強く思うからこそ、自制心を必要とするのだと思います。

 

ではその目標や理想とは何でしょうか?

それこそ教育基本法にあるように、「民主的で文化的な国家の更なる発展」であり「世界の平和と人類の福祉の向上」であるはずです。

 

そしてそれらの目標や理想を実現する為に、各人が「真理を求める態度」「豊かな情操と道徳心を培い、「幅広い知識と教養」を身につけ「人格の完成」を目指すようになるものなのです。

 

で、あるならば、自制心が何故に起きてこないかというと、それは理想や目標の欠如であると考えられます。

 

では、公的幸福とでもいうべき理想や目標は、どこから湧き出てくるものなのでしょうか?

 

私自身はこれらの理想が自然にエネルギーとして湧き出るようになる為には、人間がみずからを、どのように捉えるかにかかってくると考えます。

 

つまり人間そのもののレーゾンデートル(存在価値・存在理由)をどう捉えるか、です。

 

人間がアメーバから偶然の積み重ねにより、人間まで進化したと考えたり、また人間がこの地上に偶然投げ出された不安定な訳のわからない存在だと考えると、教育基本法に書いてあるようなことなど単なる記号にしか見えず、ゲームで楽しんで何が悪い、という感じになるのも止む無しだと思うのです。

 

当然そのように人間存在を捉えるとするならば、そこから崇高な理想や目標は出にくくなり、その理想を実現する為に、自制心で自分を律しようとする気にはならないと思われます。

 

ですが現代では、その不安定な自己認識しかできない民衆につけ込み、利用しようとする人達が結構いるかもしれません。

 

例えばスマホゲームを作っている会社などは、強い悪意はないとは思いますが、民衆が不安定なレーゾンデートルしか自覚していないことをいいことに、スマホを利用し、民衆から時間とお金を奪うべく次々と新しい刺激的なゲームを出しています。

 

そしてそれを民衆も喜んで「時間泥棒」とでも言うべき存在に時間と、時にはお金を差し出しているのです。(ビル・ゲイツスティーブ・ジョブズなどは自分の子供には14歳になるまでスマホを持たせず、代わりに本を読ませたり上質な教育をしているそうですが、若干欺瞞性を感じなくもない)

 

さらには、香川県議会がひょっとしたら日本国憲法13条(幸福追求の権利)、25条(生存権・健康で文化的な〜にはゲームなどのサブカルチャーも含まれる)、第99条(公務員の憲法尊重擁護の義務)に抵触しているかもしれないにも関わらず、県民は第一義的に子供を教育する自由を部分的に権力者に差し出してしまいました。

 

今回の香川県のゲーム規制条例が、なぜ全国的に話題になり、否定的な意見が多く見られたかというと、そのような条例が可決されることによって、国家権力が自由の基礎法である日本国憲法を蔑ろにし、国民の自由をどんどん侵食していくのではないかと国民の多くが警戒しているからなのではないかと思うのです。

 

今回残念ながら条例は可決されてしまいましたが、そもそも教育基本法に書いてあるようなことを学校教育、家庭教育でも出来ず、子供達も期待に応えられていない状況こそが問題だと思うのです。

 

そしてそれは、教育する側とされる側も含めた人間のレーゾンデートル(存在価値・存在理由)の不安定さ、脆弱さから発していると思われるのです。

 

では確固としたレーゾンデートルはどこから来るものなのでしょうか?

 

私は「人間における正しいレーゾンデートルは、正しい宗教からしか導きだすことはできない」と考えます。

 

正しい宗教により自分という存在に崇高な価値もあり、存在根拠、存在理由もあることが認識でき、そこから教育基本法に書いてあるようなことの為に生きようとする、崇高かつ聖なるエネルギーが湧いてくると考えます。

 

ただ一応補足的に述べるとすれば、信仰を持ってない子どもでも、授業が分かりやすく、面白い先生に学べば、どんどん勉強したくなる確率は高くなるとは思います。そう意味では良い先生は必要です。

 

最後になりますが、この条例は罰則がない為に、実効性はないと思われます。ですが、このような「〜してはいけない規制」はますます増えていくのではないかと推察できるのです。

 

なぜなら無神論唯物論無宗教国家となりつつある日本では、相対的な善悪論や、多数決的善悪論が幅を利かせ、正しい善悪の判断を示しずらく「積極的に良いことをしよう!」と推進しづらいからです。

 

結果的にニュートラルな状態に置かれた国民は享楽的な方向に向かう為に、「〜をしてはいけない」という規制のみが少しずつ増えていくのではないかと思うのです。

 


そして将来的には、国家権力が国民の自由をジワジワと狭め、国民を思うままにコントロールしている国家が現出するのではないかと思われます。

 

今回の香川県の状況は、日本から宗教を日陰の存在に追いやった末の未来が、今まさに現れてきたと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

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大迫傑選手の強さから学ぶ

3月8日に行われた琵琶湖マラソンの結果、大迫傑選手が1日の東京マラソンで出した2時間5分29秒を上回る選手が出なかった為、東京オリンピックのマラソン日本代表最後の一枠は大迫傑選手に決定しました。

 

今回のブログでは、大迫傑選手の速さと強さに迫っていきたいと思います。

 

以下、大迫傑選手の簡単なプロフィールです(Wikipedia及び大迫選手自身の著書より参照)

【・1991年生まれ、東京都町田市出身

・小学生の頃は野球、水泳、剣道などのスポーツ歴あり。陸上は中学生の頃から始める

・2008年、高校2年生としては史上4人目となる5000m13分台を記録(普通の人は大体25〜30分かかる)

早稲田大学在学中の2013年に、10000mで日本歴代4位(当時)の27分31秒を記録

・大学卒業後2014年に日清食品グループに所属するも、1年後にはナイキ・オレゴンプロジェクトに所属する

・2016年リオオリンピックに10000mで出場、17位

・2017年初マラソンとなるボストンマラソンで2時間10分28秒

・2018年シカゴマラソンで2時間5分50秒の日本新記録を出す

・2019年東京オリンピック選考レースとなるMGCで3位

・2020年3月1日東京マラソンにて自身の記録を上回る2時間5分29秒をマークする】

 

陸上にまったく興味のない人にもわかるように解説すると、10000m、つまり10Kmですが30代、40代の男性だと大体50〜60分かかります。

大迫選手は10Kmを27分で走るので、普通の人の2倍は速いことになります。

 

余談ですが、数年前に自分の10Kmの記録を縮めたいと思い立ち、当時大体54分くらいで走れていたのを45分切りを目指してトレーニングしてみたことがあります。

 

インターバル走、ペース走、スクワット、筋トレなどを織り交ぜて、2〜3ヵ月経った頃には49分台で走れるようになりました。

 

これからもっとタイムを縮めようとした矢先に母の病状が悪化した為、諦めざるを得ませんでしたが、おそらくあと半年続けていたら、45分は切れていたと思います。

 

話しを元に戻して、大迫選手が東京オリンピックの代表入りを決定づけた、3月1日の東京マラソンを簡単に振り返ってみたいと思います。

 

このレースの注目ポイントは2つあり、まずは大迫選手の2時間5分50秒の記録を上回ったうえで、日本人最上位でゴールをすることが(琵琶湖マラソンが残っているとはいえ)東京オリンピックの代表候補に近づくという点です。

 

もう一点は、2時間6分台の記録をもつ設楽選手と井上選手は、上記の記録を抜くことが絶対条件になる為に、レースの最初から日本記録を抜くペースで走らないといけない為、どれくらいのペースでレースに入っていくのか、そして大迫選手はそれについて行くのか、もしくは自らの記録を抜く為の走りを選択するのか?

 

以上の2つが注目ポイントになるレースでした。

 

当日は風もほとんどなく、気温も11.5度と絶好のマラソン日和。

ペースメーカーは、2時間3分台と2時間5分台の2種類のペースメーカーが用意されました。

 

スタート直後、前回のMGCで1人で抜け出した設楽選手は2時間5分台のペースメーカーにつきます。

 

井上選手は2時間3分台のペースメーカーにつき、大迫選手は先頭集団の後方につきます。

「マラソンはエネルギーをいかに少しずつ出していくかが重要です。(中略)他の選手が仕掛けたときに急な対応しようとすると、自分のエネルギー量が急激に減ってしまう。だから最初は目立たないようにいつも後ろの方で一歩ひいて走るようにしています」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

大迫選手は自著で語っていた通りの位置どりでレースを進めました。

 

23Km辺りで大迫選手が遅れ始めます。対して井上選手は第一集団からは遅れたものの、テレビの画面上で観る限り、「走り、表情」がまったくぶれずに快調に走れている印象でした。

 

そして30Kmの時点では、井上選手と大迫選手の時間差は12秒まで開きます。画面上でも手前の井上選手の後ろにいるであろう大迫選手が小さく見えて、時には画面上からも姿が見えなくなったりしました。

 

井上選手の調子の良さを考えると、このまま日本人トップは井上選手で行くのではと思われましたし、実況アナウンサーや解説陣にもそういうムードが漂ってきていました。

正直、自分もこの時点で大迫選手は今回のレースは難しいかもと思い始めていました。

 

ところが、30.6Kmから大迫選手はジワリと井上選手に迫ってきます。テレビ画面でも大迫選手の追走する姿が大きく映るようになります。

 

そして皮肉にも大迫選手が、井上選手のすぐ後ろまで迫ってきた場面で、あれほど淡々と走っていた井上選手の表情が歪み始めて、明らかにキツい状態になっているのがテレビ画面で映されました。

 

そして、32.5Kmすぎ、大迫選手は井上選手の左に並び、横目で井上選手の状態を見ながら抜き去ります。(ここがスポーツ観戦の醍醐味!)

 

その後はさらにペースをアップし、井上選手との距離を離して行きます。

 

自身の日本記録の更新を意識し始めたのは、本人曰く38Kmをすぎた辺りからだそうですが、解説陣も沿道の応援も、記録更新を思いっきり期待し出しました。

 

そして、最後の直線コースに繋がるカーブを左に曲がった辺りで、日本記録更新を確信した大迫選手は手を叩き、両手を広げ、ガッツポーズを決めてテープを切ったのです。(2時間5分29秒)

正直テレビを観ていて凄いシビレました!陸上の世界では0.1秒早く走れるだけでも本当に凄いことなんです。

それは以前の自分の限界を、練習も含めて全て超えることを意味するからです。

 

ちょっとウルッと来てしまいました…。

 

今回のブログの題名には「大迫傑選手の強さから学ぶ」としてありますが、なぜ「速さ」ではないかというと、三浦しおんさんの駅伝小説「風が強く吹いている」で、長距離選手への1番の褒め言葉が、

「速い」ではなく「強い」なのだそうです。

 

ですので、「強さ」という言葉を使いました。

 

以下、大迫傑「走って、悩んで、見つけたこと」から大迫選手の強さの秘密に迫っていきたいと思います。

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まずは、大迫選手のマラソンに対しての捉え方です。「トラック競技においてフィジカルが占める割合は約80%。それがマラソンになるとフィジカルが60%、メンタルが40%ぐらいの感覚になります」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

そしてフィジカルに関してコントロールすることの限界を述べた上で「でもメンタルに関しては、自分がコントロールしようと思えばいくらでもできる。僕はそこに世界と戦える可能性を感じたのです」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

一般の市民ランナーからすると、マラソンはフィジカルが90%なのではないかと思ってしまいそうですが、メンタルが40%とは?

これは一流の選手のレベルまで行ってからの話しなのかもしれません。とはいえその40%可能性に世界と戦おうとしている大迫選手の気概を見いだせます。

 

ラソンの成果に貢献しない生活の余分なものを捨てる、もしくは犠牲にする

「1日24時間という制約がある中で、競技においては、いかに必要のないものを取り除いて、必要なものだけで自分の身を固めていくか、無駄を省いていく作業がすごく大事になってきます」

「僕はトレーニングにおいて、プライベートな時間や色々なものを省いていき、満たされない状態に自分を置くことがすごく大事にだと思っています。自分に酔いたいわけではないけれど、俺はこれだきのことを犠牲にして頑張っているんだと、楽しみをなくすことで自分の世界に入っていける」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

個人的にはこの捨てる」というのが最も難しいと感じます。現代は本当に誘惑の多い時代だと思うのです。娯楽も情報量も30~40年前から比べると10倍以上あるのではないでしょうか。なにか一つのことを極めてひとかどの人物になろうと志ている人にとっては、「捨てる」というのは最初の関門になるかと思います。

 

例えば自分の知っている某格闘家は現役の間は絶対にコーラやソフトクリームは食べないと言っていて「そういうストイックな姿勢が試合中に生きてくる」と述べていました。

 

☆一瞬一瞬のトレーニングに精魂を込める、未来のために究極に今を積み重ねる

「強くなるというのはすごく単純なことで、毎回ハードなトレーニングをして、ハードな毎日を過ごす。それを毎週繰り返していくだけです。(中略)極端なことを言えば、一本一本、一瞬一瞬が大事。例えば、練習で200mを20本走るとします。このとき20本を走ると考えるのではなく、この一本、この200mをどう走るのかといいうことを考えて、それを20回積み重ねる」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

ついついやってしまいがちな努力として、努力そのものが目的になってしまい、いつのまにか惰性的になってしまうことです。限られた時間内で成果を出すという目的からすれば、どんな分野であれ無駄にできる時間、労力は皆無でしょう。大迫選手は一瞬一瞬を無駄にせず、精魂込めて練習しているからこそ、「自分は究極に今を生きている」と言い切っているのでしょう。

 

☆鏡に向かい、声に出して、自己肯定感を高める

トレッドミル(ランニングマシン)で走るときは、鏡に映る自分を見つめながら自分は強い、自分はタフだ、自分はチャンピオンになるんだということを声に出して自分に言い聞かせています。これを始めてから、すごく自分を肯定できるようになったし、自信がつくようになりました」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

一般的には実力があるから自信があると考えられがちですが、自信が実力に繋がるという面もあるのです。そのためには自分に言い聞かせるのが効果的ではありますが、鏡を見て声に出してという方法は気恥ずかしくなり、なかなかできるものではありませんが…(実体験です)

 

☆「きつい」を冷静に分析する

「練習をしていると『きつい』と感じることがあると思います。(中略)きついという感覚はすごく感覚的なもので、冷静に考えて、そのきつさを分析すると意外と対応できるものです。『今きついのはどこ?呼吸?脚?脚のどこ?』そう問いかけると身体全体がきついわけではないと気づくので、少し楽になるんです」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

個人的にも仕事でトラブルがあった時に、テンパって「大変だ、大変だ!」と感じてやってると余計に大変に感じてしまい、身体も心も疲労が増して来る感覚があります。

 

自分も現在の仕事のテーマが、マルチタスク、ミス、トラブルをいかに平静心でこなすかがテーマなのです。

 

☆取り越し苦労をしない。自分の自由になることと、ならないことを分けて考える

「不測の事態というのは、色々と想像しすぎることによって起きるのではないでしょうか。全てを起りうることとして捉えて、柔軟に冷静に対応できるという自信があれば、何が起こっても不測の事態にはなりません。過大な想像をしなければ、ただ起きたことに過ぎないと思えるし、結局色々と考えてみたところで、だいたいのことは起きないものです」(大迫傑/走って、悩んで、見つけたこと)より

 

取り越し苦労がなぜいけないかというと、心の世界においては、今現在取り越し苦労をしていると、それは未来のことではなく今の苦労」に変換されてしまうからです。同じ理由で持ち越し苦労もそうです。その苦労が心を非常に疲れさせるのです。

 

そうであれば明るい未来を確信しつつ、明るい未来を現実化すべく、淡々とした努力をするしかないということです。

 

あと大迫選手は自分の自由にならないメディアでの報道などは、最初は自分の発言が正確に伝わらないことに対して心外だと思っていたみたいですが、のちには割り切って捉えるようにしているようです。(ブログもメディアの一種なので慎重にしたいと思います)

 

最後にあらためて、東京マラソンで大迫選手の強さが出た場面を振り返ってみたいと思います。

 

23Kmを超えて、井上選手との差が少しずつ開いていった時、大迫選手はチラッと「もうダメかも」という思いが一瞬頭によぎったようですが、「自分のキャパシティ以上に走ったら(スピードを上げたら)潰れる」と判断し、井上選手との差が開き過ぎないギリギリの遅れを保ちながら自分のペースで走っていたとのことです。

 

井上選手のペースは2時間3〜4分台のペースだった為、「自分の記録が破られるかも」という不安もあったと思いますが、自著で述べていた通り、冷静に「自分の身体と対話し」逆転可能な位置を保ちつつレースを進めていきました。

 

そして32Kmで井上選手に並び、間髪入れずに差を広げていった場面はまさしく、ケニアで培った「一人で走る、一人で耐える」という心の強さがモノを言ったと思います。

 

今回、大迫傑選手の「走って、悩んで、見つけたこと」を読んでみて、心の強さというものは、単なるスポ根的な根性論だけではなく、心の総合的なコントロールなのではないかと思いました。

 

東京オリンピックでの大迫傑選手の活躍を心から応援したいと思います。

 

 

 

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不思議な話・エピソード0〜前編(全2回)

通常、普通の人が80年くらいの人生を生きていると、科学では説明できないような不思議な体験を1回や2回はしていると思われます。

 

ですが、そのことを本人は「自分の気のせい」と思ったり「他人に言っても信じてもらえない」として、口をつぐんでいることが少なくないのではないでしょうか。

 

なので、このブログで「不思議な話シリーズ」として自分自身の体験や、友人・知人などから聞いた不思議な体験などを紹介していきたいと思います。

 

それに先立ってまずは、1500年頃のイングランドの法律家、思想家であるトマス・モアの著書ユートピアの中で、ユートピア島では島の人々がどのような思想、信条を持っているかを述べてみたいと思います。

 

ユートピア島では、ほとんど全ての人が、何かしら宗教を信じており、かつそれぞれの宗教をお互いに尊重するという態度を取っています。

 

そして現代では批判もあるかとは思いますが、ユートピア島では信仰を持ってない人は少数であり、市民権を与えられません。

 

それについての是非はここでは論じませんが、トマス・モアの考えるユートピア(理想郷)においては、信仰心のある人々が作る社会を理想郷としていたということです。

 

そして、世界の三大宗教である、仏教、キリスト教イスラム教の共通点として、人間の本質は魂であり、一時期肉体に魂が宿り、地上で数十年の人生を送っている。そして世界観としては、現世(地上界)の他に、来世(天上界、もしくは天国・地獄)があるという部分が、細かい所は多少の違いはありますが、共通項としてあるのではないかと思います。(一部では仏教は霊的なものを認めない唯物論である、という批判がありますが、まったくの誤解であり、教えの解釈の誤りです)

 

現代の日本では、古い伝統的な宗教というだけで、無批判に受容しつつも、霊的なことはあるのかどうかよくわからないとし、無神論唯物論唯脳論、不可知論が広まっています。

 

それによって現代社会では、様々な犯罪、薬物、心の病、経済格差拡大の固定化、などが発生しているのではないかと思うのです。

 

ですので、そのような社会の風潮に楔(くさび)を打ち、霊的な共通基盤を強化すべく、様々な不思議なエピソードを紹介していきたいと思います。

 

自分の不思議体験を紹介する前に、まずエピソード0としてお勧めしたい書籍が、コナン・ドイルの著作コナン・ドイルの心霊ミステリー」です。

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コナン・ドイルは言わずとしれたシャーロック・ホームズの生みの親です。ですが世界的な推理作家としてのドイルのもう一つの顔として、心霊研究家、スピリチュアリストして活動していたことを知っている人はそれほど多くはありません。

 

ドイルがスピリチュアリズムに接近したきっかけは、彼の家に同居していたリリー・シモンズが霊媒であり、ある日ドイルは彼女を通じて戦死した義弟のメッセージを受け取ります。

そのメッセージには義弟とドイルしか知らない内容が含まれており、その出来事をきっかけにドイルは霊の存在を確信しました。

 

前述の「コナン・ドイルの心霊ミステリー」には、ドイル自身の体験や、様々に見聞した不思議なエピソードが紹介されているので、いくつか簡単に抜粋してみたいと思います。

 

☆フォックス家における怪現象

オカルトの分野では、最も有名な出来事です。

1848年、ニューヨーク州ハイデスヴィルにあるフォックス家で、何の前触れもなく突然、何かを叩くようなラップ音が鳴り始めます。

 

その音は昼夜の別なく鳴るのですが、そのうち娘のケートが指をパチンと鳴らすと、それに呼応するかのように、ラップ音が鳴るのです。

しかも娘が音が聞こえないくらいまで、静かに指を鳴らしても、まるでその現場にいて見ているかのようにラップ音が呼応するのです。

 

このラップ音を利用し、コツン、コツンという音とアルファベットを対応させ、この現象を起こしている霊と対話したところ、チャールズ・ロスマという男の霊であることが判明。5年前にこの家に住む人物に殺されて、地下室の床に埋められていると証言しました。

 

そして、地下室の床を掘ってみると霊の証言通りに、人骨が発見されたのです。

 

オスカー・ワイルドの霊界通信

オスカー・ワイルドは19世紀フランスの作家で、「幸福な王子」が有名です。

オスカー・ワイルドはヘスター・ダウデン夫人を中心とした交霊術にて、コックリ板を利用したり、霊媒に霊が乗り移った状態での自動書記で通信を送ってきました。

 

ここで注目すべきは、コナン・ドイルの見解です。ドイルが言うにはオスカー・ワイルドの生前の文体は非常に特徴が強くて、美しい文体らしいのです。

 

そのドイルが霊界から送られてきた、ワイルドの文章を見て「この表現は、ただ十分にワイルドのものであるというだけでなく、ワイルドとしてもきわめて精妙なものである。これだけの美しさを具えていれば、ワイルドのどんな名文集にも特別に選ばれてもしかるべきかもしれない」と太鼓判を押しているのです。

 

そして交霊術で質問者が、何のために死後の世界からやって来たのかという質問に、次のように答えています。

 

オスカー・ワイルドは死んでいない、ということを世の人々に知らせるためである」

 

その他の交霊術では、イギリスの作家であるディケンズなども通信を送ってきたこともあるようです。

 

☆エクトプラズム(心霊体)の謎

エクトプラズムとはどういうものかを、ドイルの本からまとめます。

エクトプラズムとは、簡単に言えば霊媒の身体から滲み出てきた幽体(霊体の一種であり、地上の物資に近い)が、別の人間の形を取る「霊体の物質化現象と定義できます。

 

エクトプラズムという物質は、ゼラチン状の物質で、霊媒の皮膚や身体の穴から滲み出てきて、かつ服などをすり抜けていく性質を持ちます。

 

人間の形を取ったエクトプラズムから、髪の毛を抜き取り顕微鏡で調べてみると、霊媒の毛髪とは違うことが判明。またそのエクトプラズムの腕を触ってみると脈まであったそうです。

 

そして時には、人間の形を取ったエクトプラズムが霊媒から完全に分離し、歩きまわるという現象も見られました。

 

以下、クック嬢という霊媒に起きた現象を本から抜粋します。

「まず、クック嬢は暗い状態の中におかれ、クルックス教授の研究室内に閉じ込められたが、約一時間ほどたつと、研究室に隣接する実験室に一人の女性が姿を現した。クック嬢とは全くの別人である。

 

その女性は実験室内を歩きまわり、語りかけ、自分の名はケティ・キングで、チャールス二世の時代に生きていたが、いまはしばしの間、クック嬢から生まれた肉体にその霊を宿らせることを許されている、というのだった(中略)

 

この後、この世でのつかの間の時を過ごすために歩き出し、クルックス教授と語らい、教授の子供達と戯れ、昔の話を聞かせ、最後に『私の役目は終わった』という言葉とともに永遠に去っていく」

 

なお、この実験の最中、体重計に乗った霊媒の体重は3分の1ばかり軽くなるようです。ちなみに「ケティ霊」で検索すると実際の写真も見れます。

 

ドイルの見解と、ドイル自身の霊界通信

 

交霊術にて質問者が、霊媒に乗り移った霊に「このスピリチュアル運動の目的は何か」という質問をすると次のように答えたそうです。

「それは、人類に調和をもたらし、魂の不滅性に疑惑を抱く人々を納得させることです」

 

ドイルは、「この(スピリチュアル)運動の最終的な結果の一つは、人々の(霊的認識の)共通の基盤の上に、強力にキリスト教の精神を結びつけることであろうと信じて」いるため、前述の霊の言葉を重要視しました。

 

そして、1930年にドイルが他界。この年の7月13日、ロンドンのアルバート・ホールで開催されたドイルとの「再会式」において、ドイルは霊媒E・ロバーツの霊視に出現、家族あてのメッセージを送ったということです。

 

後編に続きます。

 

 

 

 

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ヌルゲーマーがオススメする「スパイダーマン」

「効果的な休養研究所」気分転換&ストレス解消編

 

今回オススメするゲームは、「スパイダーマン」です。

 

一昨年発売当初は巷でかなり話題になりました。

 

自分もクリアできるかどうか自信はなかったのですが、発売前のトレーラーを見る度に、ニューヨーク?のビルとビルの間を映画さながらにスパイダーマンが飛び回る映像にやられ、我慢出来ずに発売直後に買ってしまいました。

 

購入前に不安な点として、ヌルゲーマーの自分がこんなスピード感満載のゲームができるのかという点と、ゲームシステムがオープンワールドというところです。

 

よくゲームのヘビーユーザーは、「一本道だと進む方向が決まっていて面白くない」という意見を述べていますが、自分はむしろ進む方向が決まっている「一本道」のゲームの方が安心するのです。

 

オープンワールドだと、自由すぎてどこに進んでいいのかわからず、あちこちウロウロしながらアイテムを探すのがものすごく苦痛なのです。

 

とにかくオープンワールドは「正解」になかなかたどり着けないようにに思えるため、自分のゲーム選びの際もオープンワールドゲームは出来るだけ購入しないようにしていました。

 

が!

スパイダーマン」だけは例外的に面白いのではないかと感じ、自分のルール?を破って、買ってしまったのです。

 

結果としては、購入から13ヶ月かかってクリアすることができました。

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ては、「スパイダーマン」の大まかストーリーをWikipediaより、紹介します。

 

【主人公であるピーター・パーカー(スパイダーマン)は、叔父であるベン・パーカーの死や恋人MJとの破局を乗り越え、ヒーローとして8年に渡り活動を続けていた。

そんなある日、裏社会のボスであるウィルソン・フィスク(キングピン)を捕らえるチャンスが到来する。激闘の末、ついにフィスクを逮捕することに成功するが、逆にニューヨーク全体を未曾有の大混乱に陥れる事件の幕開けになることは知る由もなかった。】

 

……個人的に感じていることですが、ゲームの醍醐味は、やはり画面の中の登場人物を動かす部分にあると思うので、正直ゲームのストーリーは二次的なもの、もしくは付随的なものだと思ってます。

 

なので、「スパイダーマン」もあまり細かいストーリーはいちいち気にしないで進めていました。

 

モードは、ノーマルモードから始めましたが、ひょっとしたら途中でイージーモードに変更したかもしれません。(この辺もすごくアバウトです)

 

このゲームの醍醐味はなんといっても、

戦闘場面です!

 

ビルとビルの間を蜘蛛の糸で、縦横無尽に飛び回るのも楽しいですが、意外に早く飽きてきます。あと、事件現場に早く移動したいのにもかかわらず、スーパーマンのように空を飛行している訳ではないので、スパイダーマンの移動方法は、時間がたつにつれ、じれったくなってきます。

 

話しを戦闘に戻しますが、このゲームが発売された当初は、戦闘シーンがあまりに難しくて、挫折したとか、つまらないとの意見が散見されました。

 

その原因として、このゲームの問題点は、戦闘シーンに慣れるまでの「練習モード」がないことなのです!

 

確かにゲームの最初にザコキャラは登場するものの、それでもスパイダーマンの相手は1人ではなく3〜4人をまとめて相手をしなければならないのです。

 

なので、「パンチはどのボタンだっけ?」とか「蜘蛛の糸はどのボタンで飛ばせるんだっけ?」などとモタモタしてると、ザコキャラ連中にもフルボッコにされてしまうのです。

 

ちなみに自分は、アマゾンのレビューを参考にして、戦闘に慣れていきました。

そのコツとは、「常に相手の攻撃を回避することを前提として、闘うこと!」です。

 

相手からの攻撃が当たる数秒前に、親切にもスパイダーマンの頭が光るため、それを目安に回避ボタンを押すと、左右に逃げることができます。

 

そして常に「回避」を意識しつつ、「回避」と「回避」の合間に「攻撃」というリズムを作るのことにより、敵を殲滅することができます。

 

ただし、指が戦闘シーンに慣れるのに、自分の場合は20回くらいは、敵と戦いました。

とにかく、そこまでは我慢をしなくてはならないでしょう(ライトユーザーの場合です)

 

また、攻撃中は、時々要所要所で、△ボタン表示や、R1+L1表示される為、その通りにボタンを押せば攻撃がヒットするので楽チンです。また△+○ボタンでカッコいい攻撃(ムービー)ができるのも魅力です。

 

また、自分の場合はサブミッションは少しだけやったもののほぼスルーし、メインストーリーのみプレイしました。

 

ちなみにメインストーリーを進めるには、画面の中に黄色い表示が示されるので、それに向かって進めば迷うことはありません。

 

ただし、サブミッションや、移動中の街中でのトラブルの解決などをしないと、ポイント?が貯まらないせいか、自分は新しいスーツやガジェットが手に入りませんでした。

 

というか、ガジェットに関してはひょっとしたら使用可能だったかもしれませんが、使い方がわからなかった為、映画でお馴染みの手首から出る蜘蛛の糸しか使用しませんでした。(一部のガジェットは説明書をなんとか読み込み、少しだけ使いましたが、説明書もイマイチわかりずらかった)

 

ある意味、新しいスーツを着なくても、ガジェットも使いこなせなくても、クリアできるということです。

 

あと、このゲームのイマイチな点としては、ゲームの中で、パズルを解かないといけないことと、スパイダーマン以外のキャラクターを操作しないといけない点です。

 

他のキャラクターは、恋人のMJと、黒人の少年です。どちらも飛び道具などの武器を持っていない為、敵の組織に見つかった時点でゲームオーバーになります。

 

当然移動も徒歩なので、じれったくなります。

続編ではスキップなどで飛ばせるように改善される気がします。

 

パズルに関しては、あまりにもつまらないという意見が噴出したせいか、アップデートによりスキップできるようににりました。

 

あと、アマゾンで低評価レビューをみると、「戦闘シーンが単調」という意見がありましたが、逆に一見単調だからこそ、頭を使い過ぎずに、ストレス解消になると思います。

 

気分転換点70+ストレス解消点90=180点

 

続編は、PS5で出るのかもしれません。

ぜひ買いたいと思います。

 

 

 

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映画DVD 「ITイット・ジ・エンド」を借りてきた…?!

今回は息抜きの記事です。

 

家族の1人が、スティーブン・キング原作の映画「 ITイット」が好きで、続編をレンタルビデオ屋で借りてきたのです。

 

自分は、以前見た時にあまり面白くなかったので今回は観るつもりはありませんでした。

 

ですが、DVDを借りてきた本人は、ITイットがすごく好きで、たしかだいぶ昔のテレビ版(?)の ITイットもしっかりと鑑賞していました。

 

そして、借りてきたDVDを出し、プレーヤーにセットしようとした直後に「なにこれ?」と、自分にDVDを見せてきたのです。

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??…よく見てみると…

f:id:AitoSatori:20200204060409j:image

 

 ITイットではなく、

 

THATザット  !!!

まんまと引っかかったようです😂

ですが、 C級映画の中にもまれに、佳作というか掘り出し物がないとは限らない為、念のためにアマゾンのレビューを確認してみました。

 

評価は☆☆でした。

 

どれくらいつまらない内容なのか、さらにレビューを書いている人のレビューを覗いてみると…

f:id:AitoSatori:20200204165548j:image

同じく、題名を間違えて購入した人が!

 

人気映画に便乗した、三流映画会社の戦略にまんまと引っかかってしまったのです。

というか、この場合は題名間違いですが…。

 

しかし、「間違えて借りることもあるかもしれない」ということを想定して、レンタルビデオ屋も仕入れていると思うので、映画会社とレンタルビデオ屋は共犯関係にあるのでしょう。

(というか、今どき間違えて借りてくるこちら側が悪いような…)

 

その後、

「THATザット」を、15分くらい観ていたようですが、すぐに観るのをやめていました…

 

おしまい。