崖っぷち日本のユートピア社会学by大山昇悟

崖っぷちに立っている日本をどうしたらユートピア(理想郷)にできるか日々考え答えを探していくブログです

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マラソン代表残り1枠における「選択の自由」の難しさについて

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2020年の東京オリンピックのマラソン代表を決めるMGCが9/15に開催され、男子は中村選手、服部選手の2名が代表に決まりました。

 

今までのオリンピックの選考では、複数の大会から代表選手を選んでいましたが、今回はMGCという大会で、有力選手が一堂に集まり一発勝負での選考となりました。

 

今までの選考では、何かスッキリしない選考が時折あったと思いますが、今回の選考では、本当に強い選手がひとつの大会に出場する為に、非常に注目度が高かったのではないかと思います。

 

何より現日本記録保持者である大迫選手と、前日本記録保持者の設楽選手が一緒に走るということで、はたしてどちらがより早いのかが明確になるからです。

 


結果的には一般的にはあまり注目されていなかった中村選手が優勝し、大本命の大迫選手が3位、設楽選手は30キロあたりまではトップを走っていたもののその後失速し、14位という結果となりました。

 

今回は、レース終盤の3人によるデッドヒートもあり、見応えのある内容でしたが、個人的に注目したいポイントは、実は「残りの1枠の代表を誰が手に入れるか」なのです。

 


今までのマラソンの選考では、「優勝したけどタイムが平凡」「タイムは良かったが、平均的な力量はどうか」「平均的な力量はあるが出た大会のコンディションが悪く、結果が芳しくない」など、複雑すぎてかつ、結局のところ「陸連の気分で代表は選ばれる」という面もあったと思います。

 

しかし今回の最後の1枠の決定基準に関しては明確になっており、12月の福岡、3月のびわ湖毎日、そして東京マラソンの3大会で、2時間5分49秒を切れば代表になれるのです。

 

そしてそのタイムが出なければ、MGCで3位の大迫選手が代表になります。

 

つまり、陸連の気分ではなく自分の力で代表をもぎ取れるのです。


そして、当然前日本記録保持者である設楽選手(自己ベスト2時間6分11秒)と、井上選手(自己ベスト2時間6分54秒)は挑戦するでしょう。

 

この2名は選考基準が明確であるために、かなりスッキリと腹をくくって挑戦できると思われますが、悩ましいのが大迫選手です。

 


なぜなら、他の選手が2時間05分49秒のタイムを出さなければ大迫選手は自動的に残り1枠の代表に選ばれるからです。

 


ただし、大会に出場せずに他の選手の走りを

ひたすら自分の日本記録を破られないことだけを祈りながらテレビの前に座ってるだけというのも心臓に悪いでしょう。

 

有力選手のベスト記録が2時間8分台なら、大迫選手は出場せずに待つような気もしますが、設楽選手と井上選手は2時間6分台のベストタイムを持っているのです。

 


タイムの出やすい東京マラソンで、来年の大会当日に気象条件が良くて、かつ設楽選手井上選手のコンディションも良かった場合は、2時間5分49秒のタイムを出される可能性は充分にあるのです。

 

そういう場合もあるので、大迫選手も来年の東京マラソンに出場し、この2名が自分のタイムを破るのを阻止するという選択も視野に入れておかねばならないのです。(ちなみに大迫選手が優勝できなかったとしても、優勝選手のタイムが、基準値を超えてなければ、当初の予定通り大迫選手の代表入りが決まります)

 


一般的に考えれば、テレビの前に座って、自分のタイムが破られるかどうかを見ているだけではなく、自分も出場し他の選手に自分の記録が更新されるのを阻止するのがいいと考えるでしょう。

 

ところが、記録の出やすい東京マラソンの来年の開催日は3月1日なのです。そして本番のオリンピックの男子マラソンの開催日は8月9日なので、間隔がわずか5ヵ月しかありません。

 


スポーツによっても違うと思いますが、オリンピックという本番までの期間は最低でも半年はほしいという意見が散見されます。

 

今回のMGCで代表をもぎ取った選手は、本番のオリンピックまで約11ヵ月もあり、その間充分な休養を取ったり、苦手な部分を補強したり、作戦を立てたり、また肉体的なピークをどういうスケジュールで引き上げていくかなど、ある程度ゆとりを持って取り組めると思うのです。

 


それに比べて大迫選手の場合は、3月の東京マラソンに出場して、他の選手が自滅するか、大迫選手が自らの記録を塗り替えるかして、代表に選ばれたとしたら、オリンピックまで5ヵ月しかないのです。

 

 

そもそも、設楽選手、井上選手は日本記録を上回る記録を出すことを目標にして出場するのです。当然、大迫選手はさらにそれを上回る記録を出すべくトレーニングをしなければなりません。

 


そして、もし代表に選ばれたとしたら、また休む暇もなく5ヵ月後のオリンピックに向けて準備をしなければなりません。

 


実質、約一年近く精神的な緊張を抱えつつ、ハードトレーニングに明け暮れることになるのではないでしょうか。

 

まさしく、出るのも地獄、出ないのも地獄という状況なのです。

 


その状況がわかっているからこそ、MGC終了後の大迫選手の「(東京マラソンに)出場するのなら覚悟がいる」というコメントに繋がったのではないでしょうか。

 


ただし折衷案がないわけではありません。

東京マラソンにエントリーしつつ、当日の気象条件とかが「大雨、強風」とかなら、記録も出づらくなるため、大迫選手も直前に欠場する。

または、出場はするものの20km辺りで、記録が破られなさそうな状況なら、最後まで走らずに途中棄権をし、体力の消耗を防ぐなどです。

 

瀬古利彦さんはじめ専門の人達の意見としては、そう簡単に記録は破られないから、大迫選手は待った方が良いという意見も出ているようです。

 


はたして大迫選手はどういう選択をするのでしょうか?

 


それらを踏まえた上で宗教的視点で見てみたいと思います。

 

人間には「選択の自由」と「創造の自由」が神より与えられています。

 


そして「選択の自由」により、人間の幸福・不幸が分かれていくのです。

 


そしてさらに詳しく述べるとするなら、「選択の自由」によって出た結果(幸福or不幸)に対して、その事実をどう「見、思い、評価するか」という自由もまた与えられているのです。

 

選択の結果が良ければ、何も問題はありません。しかし選択の結果が悪ければ、大抵の人は「やはりAを選べばよかった」「Bなんか選ばなければよかった」「Cを選んだ時点で自分の人生は終わった」といつまでも後悔するものです。

 


本当は選んだのは当の自分なので、その結果も淡々と受け止めて次の機会に活かせていくことがいいのでしょうが、なかなか難しいと思います。

 

 

なぜなら人生は80年くらいしかないので、選ぶ種類によってはもうやり直しが効かないものがあるからです。自販機で買おうとした飲み物を間違えて違うボタンを押した為、改めて買い直しができるような訳にはいかないものもあります。

 

「選択の自由」には必ず何かしらの結果が伴います。結果が悪かった場合、そしてもう残りの人生においてやり直しが効かない場合は、自分を責め、他人を責め、神を責めることもあると思います。

 


ですが、ここにこの世界の隠されていた仕組みと、神の意図が潜んでいるのです。

 

 

仏教に「ジャータカ物語」という説話があります。釈尊がわずか80年くらいの人生であのように偉大になれる訳がないとして、きっと釈尊の前世、前々世でたゆまない努力精進をしたからこそ、今世偉大なる仏陀になられたのに違いない、という考えです。

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ジャータカ物語では釈尊が色々な時代の、色々な立場で生まれ変わり、その都度修行を重ねていくという話しになっています。

 

本当に釈尊の過去世がジャータカ物語のままだったかは微妙だとは思いますが、やはり当時の人々は転生輪廻の思想を信じていたのだと思います。

 


ここで最も大事なことは、転生輪廻の過程で努力したことは、魂の糧として、また力として残り、次の転生に活かせることができるということです。

 

ということは、80年の人生の中で何か取り返しのつかない選択をしてしまい、その結果平均的な人から劣るような人生になったとしても、その教訓(智慧)は次の転生に活かすことができるということなのです。(もちろん若い人であれば残りの人生で上手くやり直しをすることもできます)

 


また、何回も生まれ変わることができると信じればこそ、自暴自棄にならずに次の転生こそ、もっとベストな選択ができるように、頭と身体を鍛え、人格も磨き、継続的な努力をしていこうという気になるのです。

 

その過程で獲得した「精神力、智慧、判断力、決断力、胆力、精進力、他の人への優しさ」などが魂に身につくことによって、魂が神へと向かう推進力になるのです。

 


そしてそれこそが、神が転生輪廻の仕組みを作り、人間に自由を与えたことの、神の隠されていた意図なのです。

 


話しを大迫選手に戻します。

今後、大迫選手は難しい選択を迫られると思います。

 

東京オリンピックに出ないで待つのも、出て他の選手と競うのも勇気と決断がいることでしょう。

 


ですが、大迫選手がどんな選択をして、その結果がどうなったとしても、本人の捉え方によっては、魂の糧にしていくことが可能なのです。

 


とにかく、難しい選択をしなければならない大迫選手と、日本記録を塗り替えて、東京オリンピックの代表を勝ち取ろうとチャレンジする他の選手のみなさんにも敬意を表したいと思います。

 

スポーツの良いところは、アマ、プロに関わらず、客観的に見て選手の頑張りがすぐにわかるところだと思うのです。

 


なので、スポーツ選手の素晴らしいプレーを見て、「自分も頑張ろう」という気持ちになったことが過去たくさんありました。

 


スポーツに限らず、自分ではとてもできないような様々な分野で、それぞれの人達が活躍し、お互いに刺激しあって向上していくことこそ、神がこの世界に多様な個性を持った魂を創造した理由なのです。

 


そしてそれは、私的幸福から公的幸福、すなわちユートピア建設へと人々を向かわせていく神の意図でもあるのです。

 

今回の記事は長文になってしまいました。ここまで頑張って読んでいただきありがとうございました。

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