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「効果的な休養研究所」気分転換編
今回は、2019年にアカデミー作品賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」を紹介します。
この映画は監督が韓国人のポン・ジョノで、「殺人の追憶」や「グエムル」の監督として有名です。
「パラサイト 半地下の家族」は登場人物が韓国人であり、セリフが全編韓国語です。
そして本作は、非英語であるにも関わらず、初めてアカデミー作品賞を受賞したことで話題になりました。
普通、英語でなければアカデミー作品賞の対象にならずに、外国語映画賞という枠に入るのではないかと思いますが、この作品は言語のハンデを乗り越えて、見事にアカデミー作品賞を受賞しました。
以下あらすじです(出典Amazonより)
【全員失業中の一家が目指す、高台の豪邸。
最高の就職(パラサイト)先には、誰も知らない秘密があった――。
仕事も計画性もないが楽天的な父キム・ギテク。そんな甲斐性なしの夫に強くあたる母チュンスク。
大学受験に落ち続ける息子ギウ。美大を目指すが予備校に通うお金もない娘ギジョン。
しがない内職で日々を繋ぐ彼らは、“半地下住宅"で暮らす貧しい4人家族だ。
「僕の代わりに家庭教師をしないか?」ギウはある時、エリート大学生の友人からアルバイトを頼まれる。
そして向かった先は、IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸だった。
パク一家の心を掴んだギウは、続いて妹のギジョンを家庭教師として紹介する。
更に、妹のギジョンはある仕掛けをしていき…。
“半地下"で暮らすキム一家と、“高台の豪邸"で暮らすパク一家。相反する2つの家族が交差した先に、想像を遥かに超える衝撃の光景が広がっていく――。】
この映画は格差に焦点を当てつつも、難しい社会的なテーマを眉間にシワを寄せつつ観るような映画ではないと思います。もちろん無理矢理そう観ることも可能ですが、単純にエンタメ作品として観るのをオススメします。
ただ登場人物の半地下家族が置かれている社会的状況を理解するには、現代の韓国のことも少し頭に入れておいてもいいのかもしれません。
と言いつつ自分もあまりよくは知らないのですが、韓国は「受験競争が激しい」「大卒の就職率が低下している」などが、少なからず映画の中の半地下家族を生み出している背景になっているのかもしれません。
まず、映画の冒頭から家族の半地下での生活ぶりが描かれますが、アパートの一番安い部屋が「半地下」ということなのでしょうか。父親は失業中であり、息子と娘は大学にも入れない(受からない?)浪人中。家族4人で内職などしています。そして、スマホは所有しているもののWiFiはアパートの上の階からのただ乗りです。
主人公のギウは友人のエリート大学生の紹介で、大金持ちの娘の家庭教師を引き受けるのですが、この金持ちの住んでいる豪邸が、リアルに凄い。特に一階の居間は庭に面する壁一面がガラス張りであり、そこから見える庭は広くて整備された芝生であり、一枚の絵画を観るようです。
映画に出てくる豪邸といえば、ただただ豪華さを強調するものが多いのですが、本作での豪邸は、この一階の居間がとても良く、作中での
半地下と絶妙なコントラストを表現するのにぴったりな家なのです。
そして、(現役の大学生と偽り)家庭教師になったギウは、脇の甘い奥様につけ込んで言葉巧みに、妹も家庭教師の一人として入り込ませることに成功します。
ここから先の展開はやや都合よく行き過ぎる面もあるかもしれません。ですが時々半地下の家族が抱く劣等感や、ふてぶてしさが観る側を飽きさせない工夫が見られます。
また、半地下家族はある意味ずる賢いとはいえ、見方によってはポジティブにも見えます。そのポジティブさを正当な方向性と、妥当な手段で努力すればいいのではないかという感想を抱きました。
また半地下に住んでいるような人達は、この映画の設定上少なくないように見えますが、それでも(やり方が感心できないとはいえ)彼らはしぶとく生きているようにも見えてしまいます。
ただこのような家族の生き方を礼賛する訳にはいきません。なぜならギウが家庭教師になったことをきっかけに、その他の家族がそのおこぼれに預かることにはなるのですが、案の定、その手の人間にありがちなあるお決まりのパターンを自ら呼びこんでしまうからです。(言葉は良くないですがいわゆるダメ人間のパターンです)
あと、この映画製作面として感心する点としては、格差問題を扱いつつも、そのことをストーリーに巧みに面白く組み込んでいるところと、カット割やシーンの完成度が高いことです。
特に豪邸と半地下の対比と、場面場面での絵作りが素晴らしいです。
絵コンテは監督のポン・ジョノが描いていると思われますが、もの凄いセンスを感じます。
この辺はやはり才能だと思います。
やや大袈裟かもしれませんが、人間が美しさを感じる「黄金比」は動く映像にもあるのではないかと個人的には思います。絵画なら静物画であれ、人物画であれ、風景画であれ、その対象に美を感じる構図などの黄金比はあると思います。
そしてそれは、絵画に限らず映画など、カメラや俳優が動く映像にも当てはまるのではないでしょうか。
個人的には「動く映像の黄金比」を駆使できる映像アーティストの代表は、スピルバーグや宮崎駿の二人だと思います。
そしてこの「パラサイト」での監督ポン・ジョノもなかなかのレベルだと思うのです。そしてそのことが、この作品がアカデミー賞を取れた理由の一つだと思います。
映画の終盤には半地下の家族には逆境が待っていて、それに対応する為に、家族全員がてんやわんやの騒ぎになります。
そしてラスト、主人公のギウはある決意を胸に秘めて新たな人生を歩み始めますが、ポン・ジョノ監督の描くラストシーンは、なんとも言えない余韻を残します。
ですが、その余韻に爽やかさが少しだけ足りないように感じるのは、おそらくギウがこれからやろうとする生き方は、「『アルプスの少女ハイジ』の中で、春になったらクララが自分の足で歩いて山小屋まで来れる」より難しいかもしれないと思うからです。(ハイジの最終回を覚えてる人はすみません)
そしてそこにこの映画の主題である「格差問題」の難しさをあらためて観る側に、突きつけられてしまうのです。
自分は「映画」で格差問題は解決しないと思うので、この作品はエンタメとして単純に楽しむのがいいと思います。
気分転換点85点