「効果的な休養研究所」気分転換&ストレス解消編
今回は太田愛の「犯罪者」を紹介します。
ストーリー
【土建会社で働く修司は、ある日初めて知り合った女の子のメールに呼び出されて、とある駅前の噴水広場で待ち合わせる。その広場には他に4人の男女がおり人待ちをしていた。
そこへ全身黒ずくめの男が次々と刃物で4人を殺傷する。修司は傷を負ったもののなんとか一命を取り留める。犯人はすぐに逮捕されて麻薬常習者の通り魔殺人と断定される。
しかし修司は犯人と組み合った体験から、犯人は麻薬などやっていず、「あいつは正気だった」と疑問を抱く。そして治療の為に病院にいた修司に、ある男が現れて「あと10日生き延びれば君は助かる」と言い残す。
はぐれ刑事の相馬と、フリーライターの鑓水は、修司を守りつつ事件の真相に迫っていく。事件には巨大食品会社と大物政治家が絡んでいたのだった。】
実は、最初この小説読み始めた時は、ブログで紹介するつもりはなかったのです。ですが読み進めていくうちに、とにかく読者の予想を裏切る展開の連続で、あまりの面白さに、「これはブログで紹介しなければ!」と思ってしまいました。
近年の売れている小説の特徴として、「大企業・政治家=悪」という図式を作り、主人公達がそれに立ち向かうというパターンがよく見られます。半沢直樹シリーズの著者である池井戸潤の小説はそういう設定が多いように思います。
悪人の設定が、893などではなく、政治家や大企業の幹部みたいのがしっくりきてしまうという時代。読者がその設定を素直に受け入れてしまうという事実。
やはり大勢の読者は少なからず、政治的権力者や、大企業などの経済的権力者に対して不信があり、小説の中ではその偽善性を暴いてほしいと思っているのではないでしょうか。
後多分にもれずこの小説もその範疇に入るのですが、その見せ方がとてつもなくうまいです。リアルな現実社会は単純な勧善懲悪などにならず、計算高い人も出てくるものですが、その辺を計算に入れつつ、上手にストーリーに取り込み、事件の真相解明に向けて物語は進みます。
正義側の主人公は主に3人で、事件の真相解明と解決を目指すのですが、なんと言っても敵対する相手が強敵です。
権力もあれば実際に人を殺傷する武器もあり、それらをかいくぐりつつ、互いに次に打つ手を読み、裏をかき、「殺されるのが先か、真相を解明するのが先か」の競争になります。
キャラクターとしては、主人公側であるフリーライターの鑓水がいい味を出しています。自堕落で、嫌味で軽口を叩き、一癖も二癖もあるタイプ。それでいて元テレビマンということもあり、人脈も抱負で頼りになるタイプ。
また敵役の一人の殺し屋のキャラクターがいいです。こういう小説に出てくる殺し屋は、とにかく強くて冷酷非情でなければならないでしょう。真逆のタイプだと小説としてのリアリティは減少し、果ては「こんな奴なら俺でも勝てる」くらいに読者に侮られてしまいます。
例えば以前、サスペンス小説で30才くらいの男性が、雪山にある山小屋に軟禁されるという小説を読みました。
その小説でストレスが溜まった理由に、主人公を軟禁している相手が50代中盤くらいの一日中酒ばかり飲んでいるオヤジであり、どう考えても主人公はそのオヤジと格闘しても負けないはずなのに、なぜか主人公はその酒浸り、武器なしオヤジを恐れて、素直に軟禁されたままなのです。
しかも行動は自由になるにも関わらず、オヤジの寝込みを襲うこともありません。この不自然な両者の関係に私はストレスが溜まりまくりました。
つまりサスペンス小説としてはリアリティがなく嘘臭い。さらに余談ですが、Amazonでのこの小説の評価を見たら☆☆☆1/2であり、さらに腹が立ちました。
それに比べてこの「犯罪者」に出てくる殺し屋の、頭脳明晰かつ無敵ぶりときたら、組み合っても強く、武器も使用し、容赦なくトラップも仕掛けてくるのです(全て殺し前提)。主人公達が何度も窮地に落ち入るのは仕方なく、その分読者の心拍数はいやがおうにも上がります。
この小説を読みながら、この殺し屋に対抗するには、RIZINファイターの、堀口恭二、那須川天心、朝倉未来の三人を同時にこの殺し屋に向かわせるしかないかもと思ってしまいました。
とにかく、とてつもなく面白い。読んでる最中、何度も作者の太田愛氏を「この人どんだけ天才なんだ?」と驚嘆しました。
池井戸潤の小説も面白いですが、せいぜい9転10転くらいです。しかし太田愛は余裕で20転30転させてしまいます。しかも複雑な構成にも関わらず、まったく読者を道に迷わせない。
大抵複雑な構成のミステリーは、「この人物ってどんな役だったけ」や「この証拠品はなんで重要なんだっけ」などがわからなくなったりしますが、「犯罪者」においてはまったくそんな心配はありません。そこは太田愛の作家としての頭の良さで楽々クリアしていきます。
とはいえこのミステリーを紹介したいと思ったのは、単にエンタメとしての面白さだけではなく、主人公側(正義側)の行動する動機です。主人公達は事件を解決するのみならず、それ以上の社会的な効果を狙っており、その点も読者を真面目に作品と向かわせているのです。
ネタバレにならないように抽象的な表現になりますが、主人公達とその周辺の登場人物達には目指している目的があり、それが現実化した世界は、現代でも望む人は多いと思います。
この小説を読み終えた時、結果は大事かもしれないけどそれにとらわれすぎないで「純粋な心を持つ人が集まって、それが清流となり、大河となって、世界を清めていくのではないか」と思わせられました。
とにかくこの「犯罪者」を少しでも読み始めれば、天才ミステリー作家・太田愛の魔術的なストーリー運びに読者は手玉に取られるでしょう。
それがまた心地良く、読者は喜んで徹夜し、太田愛の魔術により翌日のことを忘れさせ、最終ページまでめくらされるのです。
気分転換点100点、ストレス解消点100点