「世論」の著者、ウォルター・リップマン(1889〜1974)はアメリカ合衆国の著作家、ジャーナリスト、政治評論家であり、冷戦の概念を最初に導入した1人として、また現代における心理学的な意味での「ステレオタイプ」という言葉を生み出した。ステレオタイプとは、多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念、レッテル、偏見、差別などの類型化された観念を指す用語である。(Wikipediaより参照)
2月24日ロシアがウクライナに侵攻した。
この一連の出来事に関して、日本国内の見方がほぼ二つに割れている。
いわく、
①ロシア悪(加害者)、ウクライナ善(被害者)
②親ロシア(ロシア擁護)
ロシア侵攻当初は、日本のオールドメディアが「ロシア悪」一辺倒だった為(現在でもそうだが)、ネット上でもその報道に追随するようにロシア悪玉論が大勢を占めていた。
その後YouTubeを中心にロシアを擁護するような意見も出始めた為、Twitterを見る限りでは①ロシア悪60%②ロシア擁護40%というくらいの割合で推移しているようである。
ロシアのウクライナ侵攻という一つの出来事に対して、見事に意見が真っ二つに割れてしまい、片方がもう片方に対して自説を説得しようとするも拒否され、かつお互いを罵るという現象が2ヶ月以上続いている。
例えば保守系言論人(ロシア悪派)でTwitterのフォロワーが数十万人いるAさんに対して、逆の意見を持っている人が「Aさん、○○という動画を見てください。 Aさんの見方は偏ってるかもしれません」などとリプライをしても「そんな暇あるか!」と反対意見を撥ね付けるような場面が多く見られた。
2019年のアメリカ大統領選の時も、保守系言論人は二つに割れたが、今回はそれよりも厄介であり、また単純ではない。(大統領選は不正があったか、否かに集約される)
ウクライナ紛争が起きて以来、筆者もある片方の意見を持ってはいるのだが、今回はその理由を述べる前におそらく世間の人があまりやらないであろう行動をしてみたい。
それは、ロシア悪派の意見と、ロシア擁護派の意見を時間をかけて、公平に聴いてみることである。
とはいえ、2月24日から2ヶ月以上の時間が経ち、どんどん情報がアップデートされているので、両方の派閥の意見を全て聞くことはいくらなんでも難しいので、代表的なYouTubeの動画をそれぞれ3本ずつ視聴してみた。
⬇️ロシア悪派の動画3本
*主な出演者は上から順に、①グレンコ・アンドリー(国際政治学者) ②ナザレンコ・アンドリー(政治評論家) ③グレンコ・アンドリー+ナザレンコ・アンドリー
「自由を守る戦い」ウクライナの青年 ナザレンコ・アンドリー氏から提言 - YouTube
【DHC】2022/4/8(金) 藤井厳喜×ナザレンコ・アンドリー×グレンコ・アンドリー×居島一平【虎ノ門ニュース】 - YouTube
⬇️ロシア擁護派の動画3本
*主な出演者は上から順に、①ジョン・ミアシャイマー(国際政治学者) ②ノーム・チョムスキー(言語哲学者) ③河添恵子(ノンフィクション作家)
世界的な米国際政治学者・ジョン・ミアシャイマー「ウクライナ戦争を起こした責任はアメリカにある!」【日本語字幕付き】 - YouTube
知の巨人、ノーム・チョムスキー!「ウクライナ戦争とアメリカの巨大な欺瞞」―全世界必見の動画!【日本語字幕付き】 - YouTube
※LIVE 2/25 16:00〜『ノンフィクション作家 河添恵子 #47』北京五輪後の新世界秩序の幕開け~中露関係、NATO、ウクライナ侵攻?~ - YouTube
それぞれの派閥の意見を大まかにまとめると…
☆ロシア悪派
【プーチンはもともと領土拡大の野心を抱いており、ウクライナ全土を手中に収めるまでこの戦争は続けるだろう】
☆ロシア擁護派
【アメリカ(西側)はロシアが再三の拒否反応を示しているにも関わらずNATOの東方拡大、ウクライナのNATO入りを進めてきた。今回の紛争はそれら一連の流れの中でロシアが自国防衛の為に起こしたやむを得ない侵攻である。】
簡単にまとめたが、これをリップマンの「世論」に当てはめて検証してみたい。
「編集者が最も責任を問われる仕事を一つあげるとすれば、ニュースソースが信頼できるかどうかの判断である」(世論・下巻より)
「人間の意見というものは(中略)証拠によって吟味せずにすむほど高邁なものではない」(世論・上巻より)
上記のリップマンの意見によれば、6本の動画で意見を述べていた学者や、作家の人達の意見が、信頼に足るものか検証しなければならない…。
ここで白状すると筆者はこの動画を視聴し、かつノートにメモを取り、赤ペンで線を引き、さらに赤ペンを引いた部分を清書するという作業だけで、12日間かかっている。しかもこれ以上時間をかけられないと判断し、ロシア擁護派の2人目でメモを清書する作業を中止せざるを得なかった。
この状況を「世論」ではこう述べている。
「人々が事実に接近することを制約する要因として…一日のうちで公的な事柄に注意を払う為に使える時間が比較的乏しい。」(世論・上巻より)
「我々は公的な事柄に関心があるにも関わらず、私事に浸りきっている」(世論・上巻より)
「どうひいき目でみても、未知の環境から送られてくる情報と直接付き合う一日当たりの時間は、誰の場合も少ない」
要するに平均的な庶民は毎日多忙なので、ある重要なニュースがあったとしても、一つひとつニュースソースを調べて信頼するに足る情報かどうか調べることは困難なのだ。(だからこそ毎日のようにテレビや新聞から垂れ流される情報を鵜呑みにしている)
そこで、次に人間が取る行動としては…
「(ニュースで流れた)ほんのちょっとした事実+創造を伴う想像力+信じる意志」(世論・上巻より)この三つを使用するのである。
これを具体的に「ロシア悪派」と「ロシア擁護派」に当てはめてみる。
まず「ロシア悪派」の意見、「プーチンはもともと領土拡大の野心を持っている。ウクライナ全土を占領するまで戦争を続ける」この意見についてそれぞれソースを調べる時間がないので、仕方なくその意見を事実とみなし、それ以外の部分は頭の中で「プーチン独裁者・侵略者像」を創り、あとはそれを強く信じるのである。
「ロシア擁護派」の意見、「アメリカ(西側)はロシアが嫌がっているにも関わらず、NATOの東方拡大とウクライナの加盟を勧めて、それがロシアに国防の為のウクライナ侵攻に繋がった」
これについても、NATOの東方拡大は、アメリカ(西側)が無理矢理勧めたというソースを調べる時間もない為、仕方なく事実とみなす。そしてロシアのウクライナ侵攻は自衛の為というソースも時間がないから調べようもないので、仕方なく事実とみなす。
あとは、「アメリカ(西側)に嫌がらせを受けているかわいそうなロシア像」というのを頭の中で創造し、強く信じるという作業を行う。
つまり「ウクライナ、ロシア紛争」における、ちょっとした事実(とみなした情報や意見)に、もともと頭の中で抱いていた、行ったこともないウクライナ・ロシア像というステレオタイプ化されたイメージ群+「侵攻のイメージ」を付け加えて、あとは強い意志で自分の獲得した考えを信じるのである。
これをリップマンは、疑似環境と呼んでいる。(現代風に言い換えると、頭の中で創り出した脳内環境という言葉が適当かもしれないが…)
つまり人は、頭の中で創り出した疑似環境を、真実の本当の環境だと、強い意志で信じているのである。
そして一旦獲得した考えは、その考えを覆しそうな新たな情報や、証拠が出てきたとしても、それらを精査する時間的余裕もないので、また自分の信念が覆された時の心の乱れを避ける為、精神的な安定の為にも最初の考えを固く把持し続けるのだ。
つまり今回の「ロシア悪玉派」と「ロシア擁護派」のいずれかの意見を支持する大部分の一般庶民は、多かれかれ少なかれ、この「世論」のフィルターを当てはめて見るならば、双方ともに、
「見てから定義するのではなく、定義してから見ている」のである。(世論・上巻より)
とはいえ、その疑似環境であっても、全くの疑似とは言えず、真実に何%、何10%かは近づいてはいるだろう。
これについて言及する前に、人が真実に近づく際にどれほど沢山の障害があるかを、次回述べてみたい。